大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)1613号 判決

被告人 加賀本久彌

〔抄 録〕

弁護人及び被告本人の論旨中量刑不当の主張部分を除いた部分について。

本件記録を精査し、これに現われた本件諸般の証拠を検討し、これに当審において事実の取調としてした証人磯崎加一、同小山松太郎、同大久保梅次郎、同青柳三郎、同林正彦、同富岡久恵、同須佐登一郎、同小林明の各尋問の結果を参酌考量するときは、被告人が原判示のような財力、信用、社会的地位のないのにかかわらず、確実にこれらが存在するように装い虚言を弄し、小山松太郎、小林明、大久保梅次郎、磯崎加一等をして被告人が真実原判示信濃瓦斯株式会社へ出資しその再建に乗り出すものと信じこませた結果同人等をしてその出資金の一部二百五十万円をもつて右会社再建準備に着手する計画を建てさせ、その第一着手として被告人をして現地視察をなさしめ、次いで再建のための準備会乃至臨時株主総会を開き被告人をその社長に推挙する段取を決めさせ、これに従つて被告人を東京より長野県更級郡上山田町に連れ出し、原判示のように旅館清六方に数回に亘り数名の者とともに宿泊飲食するに至らしめた事実、右旅館の代表取締役青柳三郎は、右小山等を通じてなされた被告人の言動、又は被告人の右青柳に対する直接の態度等によつて被告人が原判示のような資力、信用、社会的地位を持つており真実に右会社再建に乗り出し多額の出資をなすものであつて右旅館に対する支払も被告人の右会社に出資した金員のうちから右再建準備諸経費の一部として支払われるもの、すなわち、結局は被告人の出資金によつてなされるものと誤信した結果、安心して長期間に亘り原判示のように被告人等を宿泊飲食させたものである事実、被告人は、右青柳が右のように誤信しているのを知りながら、敢えて、自ら右出資金を調達する意思も能力もなく延いては宿泊料や飲食代を支払う意思も能力もない実状を故らに秘して鄭重に待遇されるを奇貨として前記のような資力や地位を有するもののように装い同行者とともに宿泊飲食を続け、出資金の現送方乃至右宿泊飲食費の支払方を請求されても言を左右にしてこれに応ぜず猶予を求めており、又同時に宿泊飲食した者達においても被告人の出資金の到着を期待し、敢えて自らその支払をなさなかつた事実を認め得るとともに、被告人としては被告人とともに宿泊飲食した者達の費用までも自ら負担する意思を表示するとか、或は同人等を被告人において招待したような事実は存しないことも確認することができる。而して右証拠を総合するときは右同行者の宿泊飲食については一応はその者達が被告人において後日出資する筈の金員のうちから右会社再建準備金として支出が許容される範囲内においてその金員で支払つて貰う予定であつたのであるが、これが実現が不可能になつた場合においてまで自己が全然その責を負わない趣旨ではなく、このような場合においては自らがその費用を負担しなければならないこととなるとの認識をも有していたものである事実が肯認されるのである。従つてこれらの事実によれば、右清六旅館、被告人、前記小山松太郎外右会社再建準備に努力した者達、被告人と同行同宿した者達の間に私法上如何なる法律関係が生ずるかは今ここで論及する必要のないところであるから暫く措き、刑罰法上の関係においては少くとも被告人のなした前段に挙げた欺罔手段とこれに因つて欺罔された右青柳において宿泊飲食物を提供した所為との間にはいわゆる法律上相当因果関係が存するものと認められるから、被告人自らが宿泊飲食した部分についての財産上の利益については被告人においてこれを取得し、その余の部分について同宿者をしてそれぞれの宿泊飲食した限度において財産上の利得をさせたものであつてその刑責は欺罔者である被告人が負わなければならないものとしなければならない。而して当審における証人青柳三郎の証言その他関係証拠によれば、被告人は右旅館において最上等の部屋に宿泊し最も鄭重な待遇を受けていたことが窺われるのであるが、それ以上に同行同宿者が各個別的にそれぞれ価額幾何相当の宿泊飲食をなしたかを明確に区別して認定できる証拠は存在しないのであるから、本件においては各同行同宿者がその都度少くともその総額について平等に按分した割合によつて利得をしたものと認定せざるを得ない。而して記録を精査するも被告人が強調するように被告人に詐欺の思想はなかつた事実を肯認するに足りる的確な証拠は全く存しないのであるから、以上により被告人については詐欺の事実を肯認せざるを得ないのであるが、その内容としては前に述べたとおり被告人自らの宿泊飲食した分については被告人自らが詐欺による利得をなし、同行同宿者が宿泊飲食した部分については被告人の欺罔手段により同行同宿者をしてその利得をなさしめたものとしなければならないし、又その詐欺の既遂時期については、原判決認定の如く被告人が右青柳より請求を受けて支払をしなかつた時ではなくその宿泊飲食をした時と認定するのが相当であると考えられる。従つて、これと異なつた認定判示をしている原判決は以上の限度においてその事実認定に過誤が存するものであり、被告人の利得がその全額であるか、その一部であるかという差異は被告人に対する量刑を考える上において重大な影響を与える事柄であるから、判決に影響を及ぼすことの明らかなものである。それ故原判決は右の事実認定の誤により到底破棄を免れない。論旨はこの点において結局理由があることに帰する。

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